ハワイ日記2011年04月


2011年04月01日

ノースショアツアー

朝から大変良いお天気になった。

トレードウィンドも肌に心地良い。

ワイキキを出てフリーウェイに入り、ノースを目指す。

ツリー・オーキッドの花が少なくなり、プルメリアやゴールドツリーもチラホラと花を咲かせてきているが、今はまだ赤いアフリカン・チューリップが圧倒的に目立っている。

ワヒアワではジャカランダの紫色の花も少し確認できた。

コーヒー畑を下っていくと、先日まですっかりサイズの落ちていたノースの海に、白い波のラインが見えた。

私が朝見た予報では2〜3フィートだったのだが、10フィートを越す予報が出ていた所もあったようだ。

だが、最初にラニアケアビーチまで行くと、沖の波は5〜6フィートといった所か。



上がっているウミガメはいなかったが、すぐ近くを何匹か泳いでいた。

息継ぎの瞬間をゲット。



続いてサンセットビーチに移動。

先日までの海だと泳げるかと思ったが、今日は遊泳禁止のサインも出ていた。



しかし海は徐々に夏の様子に変化していっている。



ハレイワに戻って、アリイビーチでゆっくりすることにした。



ここにもウミカメがたくさん泳いでいた。

お客さんたちは水辺で遊び、私は荷物番をしながら読書。

するとすぐ近くから一匹上がってきた。



しばらく甲羅干しをして、また海に戻っていった。

リクエストで「マッキーズ」でランチを食べた後、ハレイワ・タウンの散策。

私はノースショア・マーケットプレイスの木陰でまた読書。

ローカルの友人など数人に会ったが、まだ日本の事を心配してくれる人が多い。

一方今日は日本人の知り合いにも何人か会ったが、日本人同士で震災の話を始めるとどうしても暗くなりがちなので、「お元気ですか〜?」と簡単な挨拶だけのケースが多かった。

最後にドール・プランテーション。

ユーカリの木がざわざわと揺れていた。



帰りのフリーウェイは若干渋滞したが、一日中晴天が続いた。


Twitter

ダイアモンドヘッドクラブのツイッターのアカウントでは、写真を中心にご紹介したいと思っている。

しかし今までは日記に載せた写真を重複して掲載していただけで、オリジナルが無かった。

今後現在の日記のサイトが容量オーバーで写真を追加できなくなった時に、全て写真掲載用のツイット・ピックに上げて、そこから日記の文章にリンクさせることも考えているが、とりあえずは日記に載せなかった写真を選んで載せたいと思っている。

http://twitter.com/#!/DiamondHeadClub

今日はサンセットビーチの太郎。

2011年04月02日

東日本大震災・復興への道@HAWAII(1)

ようやく正式名称が決まった今回の災害。

なんだかご心配もいただいたが、福島にいた私の親戚は津波の被害は無く、原発の避難指定区域ではないが、一部は東京に避難してきいている。

そして小さい子供がいるために福島に帰る目処は立たず、他の土地への移住を真剣に検討していると言うのが現状。


阪神大震災の時はインターネットは無かったが、日系ケーブルテレビ局のNGNがあったので、速攻で契約してライブのNHKニュースを見て情報を得ていたが、今回はインターネットもあるが、NGNがずっとNHKの無料放送を続けていて、とても感謝している。

毎日避難所などから届くリポートには、日本人として心を打つ話も多く、なんだか毎晩涙ぐんでいる。


昔、亡くなった祖母から「関東大震災」の話を聞いて、恐ろしい災害があったんだなぁと、遠い過去の話として聞いていた覚えがある。

「東京大空襲」の話と共に、壊滅状態になった日本はその都度復興を成し遂げてきた事も凄いと思ったが、道路一つ、建物一つ取っても我々の先代が将来のことを思って作り上げてきたものである事を忘れてはならないとも感じた物だ。

当たり前のように電車が走り、道路が整備されているが、そこを汚したり、落書きをするような行為は、歴史を知らず、先代の努力を顧みることの無い無恥の極みであると思う。

結局、教育や躾と言う物が如何に大切かを感じる機会も多いのだが、今回の震災後の多くの日本人の行動は、団結して生きてきた国民性が如実に現れ、アメリカ生活ですっかり人間に対する信用度を低くしている私には救いだったと共に、自分の中に流れる日本人の血が誇らしく感じた。

今回も日本人は団結して、壊滅状態の街も復興していくのだろう。


だが、地震と津波だけでなく、原発の問題は復興を大きく阻害している。

正直言って、20キロの避難圏でも私のように40代も後半になれば放射能で細胞が傷ついて癌になるよりも、別の理由で癌になるか、死ぬ確率の方が高いと思う。

「癌になる危険がありますよ」と明確に書かれているタバコは、まだ多くの人が吸っているのに、政府が危なくないと言っている放射能にビビっているのも全く馬鹿げた話。

しかしテレビやインターネットで震災の被害の話や、一向に良い方向に向かわない原発の話を毎日聞くと、私も夜眠れない時が多い。

最近酒が増えてしまっている気がする。

原発が心配でアル中で死ぬ可能性だってある。


だがまず政府が発表している情報にあまり信用が置けないと言う事と、子供は身体に受ける影響が大きいと言うのもあると思う。

原子力政策を進めている国と、事業者の東京電力、そしてマスコミも東京電力に接待されていたと言う事実から、どこまで国民に知らせてくれるのかには疑問が残る。

記者会見では「『ただちに』健康に影響はありません」と言うフレーズが毎度出てくるが、やっぱりずっとそこにいたら影響が出るだろうし、土地に降り積もった放射能は植物の根から吸い上げられて生態系に入ってくるそうだ。

国際機関の避難勧告と食い違うのは日本の狭さ故かも知れないが、ある程度の国土がこれから先数十年は人間が住めず、一次産業は出来ず、近寄れなくなるのだろう。

高濃度で汚染された海もあるし、復興どころではない状況もあるはずだ。


ハワイにいても、今回はインターネットで色々な情報を入れることが出来た。

「ユーストリーム」や「ニコニコ動画」からは、ただテレビの放送を中継するだけでなく、フリージャーナリストのチャンネルや、第三者機関の「原子力資料情報室」の会見など、今までは海外ではなかなか入らなかった情報が入り、またテレビ中継では途中で切られた東京電力や原子力安全・保安院の会見も最後まで見ることが出来たし、それによってこの災害のこれからの行き着く先まで見えてくるようだった。

既に工場の操業停止などで世界中に部品が供給できなくなって、様々な影響が出ているし、娯楽の自粛ブームでハワイの観光業もしばらくは落ち込むことだろう。

だが、東日本で既に行われている計画停電が今後いつまで続くのかが、今は本当の大きな問題だと思う。


震災の被害に遭った火力発電所を復旧させたり、応急の発電施設を作ったりして、なんとか電力需要に対応させるかもしれないが、これには環境保護としてのCO2対策を大きく後退させなければならない。

そして既に騒がれているが、当然反原子力発電と言う論議はまた大きく復活する。

私も原発は反対である。

世界唯一の被曝国である日本が、さらに被曝者を増やしているのはやはりおかしい。

クリーン・エネルギーとして増やされてきた原子力発電には、大きなリスクがあることが、ハッキリとわかってしまった以上、日本が原子力発電を止めるきっかけになるかも知れない。

しかしその為には、原子力に代わる発電エネルギー源を見つけなければならない。

CO2を排出せず、危険な放射能も出さない発電方法には、再生可能エネルギーとして水力、風力、太陽光、地熱などを積極的に利用するのが一番だが、発電効率が悪く、原子力に代わるまでには至っていない。

だが自転車を漕げば小学生だって発電は出来るのだから、これからは真面目に自転車型家庭用発電機とか、座布団程度の大きさのソーラー発電パネルとか、各家庭の屋根には発電風車が当たり前なんていう時代が来るかもしれない。

電気も自給自足にすれば、節電も当然の事になる。

しかし節電だって限りがある。

これはもう日本人の生活様式や価値観すら変えてしまうかも知れない。

電気が足りない状況で、停電の範囲を巡って不満が出ていると言うが、完全に止まってしまうと埒が明かない仕事も作業もある。

東京電力がどんな保険に入っていても、結局電気代は上がらざるを得ないと思う。

家庭用は据え置かれたとしても、事業用は上がるだろう。

それでも止まってしまうよりは、生産活動が出来ると言うケースが多いと思う。

だが不必要な物は当然無くなる。

何が不必要と思うかだが、結局はエネルギー消費の多い娯楽にしわ寄せが行くのだろう。

太陽の光のある時間に大いに行動して、基本は早寝早起き。

江戸時代の様な生活に日本人が戻れるだろうか?


反原発を唱えるのは簡単だが、現実的には大きな問題。

ハイブリッド・カーを作った日本が、新しい発明で原子力を使わずに国内の電力需要を満たすことが出来れば良いが、そう言えば鉄腕アトムも原子力で動いてたんだよなぁ・・・。


続く


2011年04月06日

CI-コンボ

朝のワイキキはとても良いお天気だったが、予報では曇り時々雨と言った感じだった。

ダイアモンドヘッド沖には3〜4フィートの綺麗な波が寄せていた。

カラニアナオレ・ハイウェイを東に走り、サンディービーチに到着すると、ここにも3〜4フィートのショアブレイクが豪快に崩れていたが、雲が増えてきた。



沖にはモロカイ島とマウイのハレアカラが薄っすら見えた。

マカプウを回ると、ウィンドワードサイドの方が雲は少なかったが、さらに北の方が明るく見えた。

マカプウビーチはガラガラだった。



ワイマナロのベロウズビーチでジュースを飲んで休憩と自然教室。

気持ちの良いトレードウィンドが吹いていたが、ここも人は少なかった。

カメハメハ・ハイウェイに入ってカネオヘを抜ける。

クアロア公園でチャイニーズ・ファンパームやミロ、ハラなどの木々の説明をして、ビーチでカニの穴の解説。



東海岸は下草刈りなどの作業や工事でしばし待たされることが何度かあった。

そしてやはり北上するに従って空が明るくなってきた。

ノースショアに回ると陽射しが出てきた。

サンセットビーチは7〜8フィートの波が立っていた。



ちょっと立ち寄る観光客は次々と来ていたが、ビーチで寛ぐゴーアーは少なかった。



チャンズリーフはギリギリの大きさで、サーファーの姿が多かった。

ハレイワに出て、アリイビーチパークでピクニックランチ。



マイナバードが鳴いていた。

食後はドール・プランテーションに行って、パイナップルやユーカリについて説明。

そしてハレイワ・タウンに戻ってゆっくりと散策時間。

一時パラパラと流れてきた雨もあったが、夕方再集合の時には大分雲が切れて綺麗なサンセットが期待出来そうだった。

ラニアケアビーチに立ち寄ってウミガメにご挨拶。

すぐ近くでも泳いでいたが、ビーチに5匹も上がって寝ていた。



サンセットビーチに戻ると、波は10フィートを越えていた。



波乗りを眺めたり、貝殻拾いをしたりして、サンセットタイムを寛ぐ。



一度雲の中に入った太陽が金色に輝いて出てきた。



日没の瞬間はまた雲の中だったが、今日はこの後が凄かった。



複雑な形の雲が入り混じって水平線付近に固まり、どんな夕焼けが出るかワクワクしていた。



刻々と変わる空の色。



こんなに赤い夕焼けも珍しい。



夕焼けだけでも溜息が出るような自然のショーだった。

帰りは夜景を見ながらワイキキまでドライブ。

フリーウェイもとてもスムーズだった。



2011年04月08日

「LOST」ファンツアー

せっかく貿易風が戻ったと思ったのに、またコナウィンドが入ってきた。

実は大きな嵐がハワイに向かっていて、3日間に渡る洪水注意報が発令されていた。

天気予報では「曇り所により雷雨」となっていたが、朝のワイキキは薄っすらと陽も差していた。

マノアのジャングルも雨は降っていなかったが、道は湿ってぬかるんでいた。



「パラダイスパーク」に入ると、「オーキッドステーション」はさらに崩壊が進んでいた。



まあ、元々壊れかけの建物と言う設定のセットだが、コンクリートに見えていた部分の下から木材が出てきていたりする。



「ハイドラステーション」に回ると、「ソーヤのシロクマの檻」も崩壊寸前な感じ。



「テンプル」はまた少し落書きが増えたみたいだ。



修理をすると言う話も聞いたが、一体どうなるのだろう?


カハラを抜けてさらに東に向かう。

ラナイ・ルックアウトからは薄っすらとモロカイ島が見えた。

風が収まって海が凪ぎ、クジラが潮を吹くのも見えた。



東海岸も雲は多かったが、流れ方が普段と違い、ワイマナロのベロウズビーチも人はほとんどいなかった。



我々が出発する時にポツポツと降り始めた。

カネオヘの町を抜けている間に雨は止み、ワイアホレ・ビーチパークから真っ赤なカネオヘ湾を見る。



クアロア公園も人は少なかった。



ライエからカフク、サンセットビーチまでは空が明るかった。

ノースの波は10フィート近かったがバンピーでサーファーは多くなかった。

パパイロアビーチに到着した時は降っていなかったが、遠くで雷鳴が聞こえ始めたので傘を持って歩き始めた。



遠くと思っていたが、時々ドーンと響くような雷も聞こえ始め、折り返す頃には降り始めた。

沖から濃い雨雲が流れてきていた。



本降りになったのは「マッキーズ」でのランチタイムだった。

上空の雲は流れているが、地上は風が無く、なんだか小蝿が飛んできてうるさかった。

食後の休憩時間、ノースショア・マーケットプレイスでは震災後の日本人旅行者の復活の時期についての予測を聞かれた。

ハワイでも有名な「ゴールデン・ウィーク」は、ここ数年は既にそれほど「ゴールデン」ではなくなってきていたので、やはり皆関心は夏以降の事らしい。

日本の震災後、中国、韓国だけでなく、カナダやオーストラリアからの旅行者が増えているハワイはで、私のように日本人旅行者がメインターゲットの会社以外の、ワイキキのホテルなどはかえって忙しくなっている所もあるようだ。

しかしノースショアにやってくる中国人や韓国人はまだ少ない。

ハワイの中でも特に日系人の多いハレイワの人達が、日本人旅行者の復活を願う気持ちは強いようだ。


さて、雷も雨も止み、モクレイアに向かった。

やはりモクレイアビーチは誰もいなかった。



「キャンプ・アードマン」は小学生のキャンプが来ていて、プレイフィールドは賑やかだったが、キャビンはひっそりとしていた。



出発する頃にまた小雨が来た。



帰りのフリーウェイはスムーズで、チャイナタウンもほぼ渋滞無く抜けた。


夜になるとまた雨が降り、一時は激しく、そして雷鳴が聞こえて空も光り始めた。

夜中になると洪水注意報が警報に変わった。


2011年04月09日

東日本大震災・復興への道@HAWAII(2)

震災後、ハワイのNGNチャンネルが無料で流し続けたNHKも終わってしまい、アメリカのメディアも日本の震災関係の話題より、リビア情勢や国内の予算に関する問題の方が多く取り上げられるようになってきた。

しかし日本にあらゆる面で近いハワイでは、まだまだ復興支援のコンサートなどが連日のように行われているし、日系の新聞や雑誌では1面で大きく取り上げられ続けている。

「Aloha for Japan」のTシャツやステッカーも「ドン・キホーテ」で売られるようになり、私も買ってきた。



また、震災直後にレディー・ガガが行った、支援金集めのブレスレッドもようやく届いた。






しかし一昨日はまた大きな余震があったようだが、震度6でもあまり驚かなくなっている自分が怖い。

ようやく復興への第一歩と思っていたところを挫かれた人も多いのだろう。

余震が完全に収まるには1年ほどかかるかも知れないということだから、最近よく聞く「地震酔い」と言うのも深刻なようだ。


さて、多くの日本国民と同様に、私も一時は原子力発電の仕組みについて随分理解していたつもりだが、さすがにもう2号機だか3号機だか、シーベルトだかベクレルだか、ごちゃごちゃになって来ていた。

放射能が漏れていることは間違いなく、それを止めるのにまだしばらくかかりそうだと言うこともわかるが、漏れている放射能について、目から鱗が取れるような講演を友人から教えてもらった。

以下のYouTubeは5本のうちの最初で、全部見ると1時間ほどかかってしまうが、今日本中の人に、世界中の人に見てもらいたいと思う。(RT希望)




要するに政府や東電が情報を隠しているのではなく、放射能の影響についてわかっていないという事なのである。

これが避難指示だったり、農産物、海産物の出荷や摂取制限に結びつき、世界中がパニックになりそうになっている。

健康に被害が出るどころか、かえって健康になると言う話は感動した。

今こそ福島県産の野菜を食べて健康になろう!!


これで漏れている放射能については全然心配がなくなったのだが、今後の原子力発電政策とはまた別の話。

稲先生も核燃料自体が爆発を起こせば高濃度の放射能がばら撒かれると言っている。

チェルノブイリのような事が起きないように、完璧なセーフティを保てる条件が揃わないと、これ以上の原発の建設や、再稼動は国民感情が許さないだろう。

だが、この逆境を乗り越えるのに、「低濃度放射線」が一つのヒントになるかも知れない。

実際もう計画停電はしないようだし、要するに最初から原発なんて要らなかったと言う話にもなる。

だが廃炉にするにも、使用済み燃料の処分にも、莫大な予算と期間を要する訳で、これを全て有効に活用すれば震災の復興費用も捻出されてしまうのではないだろうか?

世界で唯一の原爆による被爆国日本が、「核」や「放射能」と言う言葉にとても敏感になってきたのはわかるが、だからこそ放射線についての研究がもっとされるべきではなかっただろうか?

自分の身体の中からも放射線が出ているなんて知らなかったし、歯医者でレントゲンを撮る時もこれからはちっともビビる必要が無いことがわかった。


節電について、前回は「早寝早起き生活」と言う話をしたが、調べてみると、保存の利かない電力は、需要の多い時間さえ外せば節電する必要はないようで、コンビニが夜中に営業しなくなると客が昼間に集中してしまうし、いっそのことパチンコ屋も深夜のみの営業にすれば全体としての節電に貢献できる。


4月上旬は日本は新年度、新学期の時期で、例年ハワイへの旅行者は多くないが、今年はやはり随分少ない印象を受ける。

大手旅行会社のバスなどすっかり姿を消しているし、発表される「日本からの到着人数」と言うのも、ほとんどが日本経由の中国・韓国人と言う話。

日本に旅行に行く予定を変更したと言う人も多いらしく、カナダやオーストラリアの旅行者も増えているそうだ。

だが日本人相手のビジネスはどこも不調のようで、中には仕事が激減してバイトを始めた友人もいる。


ダイアモンドヘッドクラブもゴールデンウィークはキャンセルが多くて、今年は全く期待できないが、6月の予約が入り始めた。

そろそろテレビの放映日も決まるだろうし、夏には何とかある程度は戻ってきて欲しい。

それまではギリギリで生き延びていくしかないようだ。


2011年04月14日

神社仏閣ツアー・「アロハ・エクスプレス」の取材!キター!

日本で発売されているハワイ系雑誌の大御所、「アロハ・エクスプレス」がとうとうダイアモンドヘッドクラブの取材に来てくださった。

私がハワイに来た時にはニック叔父が連載をしていたし、KT杉山清貴もページを持っていたことがあった。

さらに「アド・ノースショア」のユウコちゃんも先日までは連載を続けていたそうだ。

日本で発売されているので、ハワイで私が目にする機会はあまり多くないが、時々見る事があると、大抵何人か知っている人が載っている。

日本では定期購読している人が多く、年間5回発行されているが、記事の影響力が長続きすると言うことでも知られているのだそうだ。

実はノースショア鍋会のメンバーでヒプノセラピストのまこちゃんも、「アロハ・エクスプレス」のライターをしているそうなのだが、今回は別のライター・TさんとフォトグラファーのKさんがツアーに来てくれた。

二人ともやはりオアフ島在住で、他にお客さんはいなかったので、すっかりカマアイナの雰囲気でツアーが始まった。


ワイキキを出てキング・ストリートの「石鎚神社」に向かう。



宮司の木村さんがいて、最近はワイキキからおみくじだけ引きに来る観光客が増えているのだそうだ。


そのままキング・ストリートを走ってモイリイリの「厳島神社」の鳥居を回る。



ベレタニア・ストリートに出て、ペンサコラ・ストリートを曲がり、「マキキ・キリスト教会」の高知城を見学。



垣根のジャトロファが綺麗だった。



H-1フリーウェイに少し乗って「ハワイ金刀比羅神社・太宰府天満宮」に向かう。



今日はとてもひっそりとしていた。

一方「出雲大社」は日本からの参拝客がいた。




ヌアヌ川を渡ってチャイナタウン・カルチャルプラザで飲茶のランチ。

ちょうど橋を渡った所に「ククイ・カフェ」と言う小さな店があるのだが、取材のお二人によると、ここのドリンクが結構美味しいのだそうだ。

食後に店を覗いてみると、10人も入れば一杯と言う店のレジカウンターには、日本向けの義援金箱が置かれていてちょっと感激した。

今度は私もなにか飲んでみたい。


さてその後はパリ・ハイウェイ沿いの「本派本願寺」。



食後の休憩時間をカットしたため、ちょうど併設の小学校の児童のための宗教教室が開かれる時間に当たり、子供たちが次々と、入り口できちんと頭を下げて本堂に入っていった。



続いて「ハワイ大神宮」。



ここはいつものように静かだった。



ヌアヌ・ヴァレーパークでの休憩も飛ばして、コオラウ山脈を越え、「平等院」へ向かう。

大型バスが数台止まっていて賑やかだったが、日本人は全くいなかった。

鐘を突いて大仏様にお参り。




再びホノルルに戻る道のりでは、やはり日本の震災関係の話が出た。

やはり日本を離れて生活している者同士では、情報の共有は大切な事なのだ。


ヌアヌ・アヴェニューに入って、「ホノルル・メモリアル」の京都ガーデンで三重塔と金閣寺を見学。



最後はシェリダン・ストリートの「ハワイ真言宗」にお参り。




その後に「JUNさんの写真も撮らせて下さい」と言われてバチバチと撮られた。

「アロハ・ストリート」は記事の量が多いので、ツアーの紹介といっても半ページほどの物だと思っていたら、なんと開き2ページで出してくれるのだそうだ!

6月に発売される第110号に掲載の予定だ。

私の所に届くのは7月になってしまうと言われたので、また日本の方のほうが早く見れる訳で、どんな風に紹介されるかまたドキドキもの。


夏以降の復興に繋がって欲しいと思う。


2011年04月16日

ノースショアツアー

ハワイ諸島の北西沖にまた大型の嵐が現れ、引き込まれるように南から風が吹き始めた。

しばらくはVoggyでお天気が崩れる予報も出ていた。

朝のワイキキも若干曇り気味だったが、湿度と気温は上がっていた。

H-1フリーウェイ沿いはアフリカンチューリップの赤い花がとても目立っている。

ワヒアワのジャカランダも紫色の花が満開に近かった。

パイナップル畑を過ぎると、ノースショアは雲が少なく晴れていた。

最初はラニアケアビーチでウミガメにご挨拶。



海は穏やかだった。



続いてサンセットビーチに向かう。

沖には2〜3フィートの波しかなかったが、サーファーが数名浮かんでいた。

泳いでいる人の方が多かったが、全体的にビーチはガラガラだった。



ジュースを飲みながらビーチで寛いでいたお客さんたちも、結局着替えてしばらく海に入っていた。

ハレイワに戻る。



アリイビーチを見学して、ハレイワタウンで散策とランチタイム。

一時空が少し曇ったが降られる事も無く、VOGもそれほどきつくはならなかった。

ちょっと蒸し暑かったが、私の読書は捗った。

再集合してドール・プランテーションに向かう。

日本人は少なかったが、韓国人の団体が目立った。


最後はリクエストでモアナルア・ガーデンに行った。

普段は日本人ばかりのこの場所は、やはりガランとしていた。



パンノキがたくさん実を付けていた。




VOGの影響で若干空は濁っていたが、ホノルルは朝よりも天気が良くなっていた。


2011年04月18日

「LOST」ファンツアー

まだ南風が残り、薄っすらとVOGが空を覆う、湿度の高い日になった。

マノアのジャングルは鳥の声が響いていた。



週末なので「パラダイスパーク」のパーキングはハイカーの車で一杯だった。

園内に入って「オーキッドステーション」、「ハイドラステーション」と回る。

「ケイトの檻」も、



「ソーヤの檻」も崩壊が進んでいるが、ユニバーサル・スタジオと違うのは、実際にここでロケが行われたと言う事実。



「テンプル」の裏口はポトスなどの植物が徐々に蔓延ってきている。



キング・ストリートからH-1フリーウェイに入ると、工事中でいきなり渋滞。

カハラで降りてもモールに向かう車で渋滞していた。

さらに今日はホームレス支援の「ハワイ・フードバンク」の寄付金集めのキャンペーンが各地で行われていて、大きな交差点には大勢のボランティアが出ていて、これもまた若干渋滞の原因になっていた。

ラナイ・ルックアウトは穏やかな風が気持ち良く、海は凪いでいたがクジラの気配は無かった。



東海岸も雲は少なく、ワイマナロのベロウズビーチはローカルが多かったが、海はとても綺麗だった。



カネオヘの街を抜けてワイアホレ・ビーチパークからワイカネ桟橋を見る。



クアロア公園はローカルのパーティーで賑やかだった。




ノースショアに回ると雲が増えてきた。

ワイメアを過ぎると一時パラパラと雨粒が流れてきたが、パパイロアビーチに到着すると既に止んでいた。

地上は東から風が吹いてきたが、上空の雲は西風に乗って動いていた。

今日はやはり湿度のせいで随分汗をかいた。



岩場のウミガメの甲羅が光っていた。




ハレイワに入って「マッキーズ」でランチタイム。

最近空いているなと思っていたが、日本人客は震災後半分に減っているのだそうだ。

ワイキキには中国人は多いが、買い物する場所が無いと言う理由でノースショアにはあまり来ないようだ。

休憩後はモクレイアに向かう。

モクレイアビーチも雲が多かったがローカルも多かった。



一方「キャンプ・アードマン」はひっそりとしていた。



今日のお客さんは一家族だったが、皆さん朝から「ダーマ・イニシアティブ」や「オーシャニック・エアライン」のTシャツを着て現れ、ここではジャンプ・スーツまで来てすっかりダーマ気分を味わっていらした。

帰りのフリーウェイはほぼスムーズだった。

風は弱かったが、VOGが厚くなる事も無かった。


2011年04月19日

ムーンボーツアー・ノースショア鍋会

風向きはまだ安定せず、VOGも若干残っていたが、昨晩も明るい月が出ていたので、期待しながらノースショアに向かった。

H-1でもH-2フリーウェイでも、時々シャワーの中を通過し、ムーンボーには良い条件。

ミリラニ辺りでは雲が多くなって、月が出てくれるか心配になったが、ワヒアワを過ぎるとノースショアは大分陽が差していた。

ハレイワで買い出しをしてモクレイアに向かう。

ヘルムズベイは今日も波の音だけが聞こえた。



やがてサンセットタイム。



ここからのサンセットも海に沈む時期になってきた。

これからはグリーンフラッシュも期待できるかも。

今日は水平線に雲が出てしまったが、その後雲が真っ赤に燃えていた。




今日も子供4人を含めて10人と、賑やかにノースショア鍋会も始まった。

やがて満月が昇ってきた。




湿度が高く暖かな夜になったが、雨雲の気配は無く、お月見と月光浴を楽しんだ。


最後に今月のみぃみぃちゃん。




2011年04月22日

「LOST」ファンツアー・ファイナルバージョンへの道(2)

震災後にキャンセルがたくさん出た今年のゴールデンウィークは、直前になって少し新たな予約が入ってきている。

しかし今週はツアーがほとんど無くて暇。

暇と言ってもやる事はたくさんあり、今はまたしばらくLOST三昧の日々を過ごしている。

もう何度目かよく覚えていないが、シーズン1からまたザッと見直して、新しいバージョンのコースに合わせた資料に使える場面のキャプチャー作業。

特に昨年10月から始まった「特別編」で入るようになった「パラダイスパーク」内のロケ地は入念にチェック。

また、モクレイアの「キャンプ・アードマン」も1年近く通って、キャビンの配置が完全にわかってきた。

シーズン3ではアザーズのホーム。

どれがベンの家で、どれがジュリエットの家かもはっきりわかった。

シーズン5ではダーマ村として、ソーヤの家やマイルスの家として使われている建物もわかった。

また、ダウンタウンではケイトが強盗に入った銀行や、逮捕されたバスターミナル、ロックがウォーク・アバウトに行こうとしたオーストラリアの旅行会社などもわかり、資料を増やす。

今はファイナル・シーズンの後半をチェックしているが、既にまたウルウルしながら見ている・・・。


ツアーではコースが一部変更になり、資料はまたグッと増えるが、お土産と言うかこんな物も差し上げる予定。

ダーマ・ウォーター!



フィギュアはジャックやソーヤも加えたり、ハーリーを箱から出そうかとも思っているが、結構一つ一つが大きいので、まだ考え中。

挿入歌もまた少し増やす予定。


お天気も大分夏らしくなってきたし、しばらく泳いでいないので、ちょっと海にも行きたいが、既に始まったNBAのプレイオフや、来週はメリーモナークもあるので、まだ少しはプチ・引きこもり生活が続きそうだ。


2011年04月25日

東日本大震災・復興への道@HAWAII(3)

さて震災後のゴールデンウィークが始まる。

自粛ムードは良くないと言う風潮が浸透してきたのか、ハワイの日本人旅行者も少し増えてきているように感じる。

昨年より2割ほど少ないが、臨時便も日本各地から飛ぶそうで、ハナウマとカイルアのツアーをやってる大ちゃんは予約が一杯だそうだ。

ダイアモンドヘッドクラブは「LOST」ファンツアーの予約が新たに入ってきた。

以前の経験でもマニアツアーは景気や天災などにあまり影響されなかったが、今回もまた救ってくれそうだ。

しかしガソリン代がとうとう1ガロン=$4.50の過去最高記録に届きそうで、これにはまた頭を痛めている。

ガス代の高騰は日本の震災とはあまり関係が無いが、リビアなどの北アフリカ情勢と、先物取引のシステムが原因だと思う。

だが、震災と同時に起きた原発問題は、世界中のエネルギー問題に大きな一石も投げた訳だ。

先日の孫正義・ソフトバンク社長の「自然エネルギー財団」設立のニュースは、日本から世界の未来を変えていく決意が感じられた。

しかし民主党だろうと自民党だろうと「電力族」と言う族議員がいて、どこかが利権で儲からないと、許可が降りなかったり規制が取れなかったりするようだ。

以下のリンクから孫さんの記者会見が見れます。

http://www.ustream.tv/user/SoftBankCorp


世界中が日本を応援する事で一つになっているのに、日本では政治家が結局私利私欲を捨てきれずにまとまっていない。

政治家だから元々一つにはまとまらないのかも知れない。

菅総理が落ち目だったのは震災前からの状態だったが、誰であろうと未曾有の大震災が起きた時の国の首相を中心に復興を目指すしかないのではないだろうか?

東京都知事に再選した石原慎太郎は民主党は未熟な人が多いと言っていたが、今自分たちの国が、仲間が窮地に陥っている時に全力で助けるどころか、仲間を下ろそうとしている事が如実に物語っている。

では自民党はどうかと言えば、助けを求められても条件ばかりで、結局自分たちが一番の政党になる事しか考えていない。

自民党が炊き出しをやったなんて言う話は聞いたことも無い。

大体今の原子力発電のシステムを、エネルギー政策を、作ってきたのは全て自民党でしょ?

日本国民だけじゃなくて、世界中だって、今日本の首相が突然変わって、原子力発電は安全だと言い始めた政党が返り咲くなんて思ってもいないでしょ?

国会中継も「辞めろ辞めろ」ばかりでうんざり。

もっと建設的な事が出来ないのかな?

実際誰が総理大臣でもあんな大震災と原発事故に同時に対応したら、やる事は大きく変わらなかったと思う。

小沢一郎も一兵卒とか言っておきながら、結果論だけで自分の党の党首を下ろそうなんて、やはりおかしい。

もし小沢一郎が総理大臣だったら、国民は総理自身が地震や津波の原因と思うかも知れない・・・。


ドラマ「LOST」ではこんな名台詞があります。

「If we can't live together, we'er gonna die alone.」 

皆で助け合えなければ、一人で死ぬだけだ。

飛行機事故で無人島(と思っていた)に生き残った者達が、生き延びるためにリーダーを決めて助け合います。


この大震災が歴史に残る以上、その時の首相も歴史に残るのは間違いは無い訳で、それを邪魔していた勢力として残るか、共に助け合った仲間として残るかも歴史になる事になる。

アメリカだったら戒厳令が敷かれる様な状況でも、我慢に我慢を重ねて震災以降に不便な生活を送っている多くの日本人がまだいる。

行方不明者の捜索、遺体の搬出などの作業を、瓦礫の中で続ける自衛隊、警察や消防の姿も世界中に報じられている。

国のために原発で大量被曝の危険性と隣り合わせで働く作業員もいる。

日本の政治家が本当に国の事を思って、超党派的に復興に取り組めば、孫正義の「自然エネルギー財団」のような所が原点となって日本の、また世界のエネルギー事情さえ変えてしまうかも知れない。


まあ東電の社長も菅総理も避難所に行くのが遅かったかも知れない。

時間が経てばストレスも増すし、怒りの矛先になりかねない。

「原発持って帰れ!」と言った避難民の気持ちはわかる。

東京電力なんだから都内に原発作れば良かったんだ。

安全と言うならば。


節電も大事な事だと思うけど、一般家庭の売電のシステムを拡充したり、自然エネルギーの開発は既にコストの問題でもなくなってきている。

ハワイでもソーラーパネルなどは電力会社が推奨して、政府の補助金も出る。

狭い島なので、電気自動車が普及するのも早い気がする。

日本では温泉よりも地熱発電ブームがやってくるのではないだろうか。


官僚との折り合いが悪い市民派の総理大臣だが、もうちょっと応援する様な報道が無いのかなと思う。

まず今他に総理になる人がいない訳だし、一度でも民主主義で選んだリーダーなんだから従う覚悟は出来ないのかな?



アメリカやイギリスのミュージシャン達が日本の震災復興のために作ったアルバム「Songs for Japan」も全額寄付になると言うのでダウンロードした。


アマゾンのリンク

凄いメンバーが一緒になっているし、2011年と言う年代も感じる事が出来た。


がんばろう日本!


2011年04月26日

ハワイの4月の花

今年も日本の友人知人たちから桜の写真がたくさん届いた。

テレビでも震災で瓦礫と化した町の中に生き残った桜の花の様子を映していた。

今年ほど桜の花が心に沁みた年も無かったと思う。

花は人の心を癒してくれる。


ハワイは一年中花が咲いているが、4、5、6月は特に種類の多い季節である。

散歩の時に見つけた花を撮ってきた。

そろそろ季節も終わりなのがツリー・オーキッド。



緑の葉と薄紫の花が青い空に浴映える。




ワヒアワのジャカランダは満開に近かったので、先日のムーンボーツアーの時に写真を撮ろうと思ったのだが、雨に邪魔され、今日はトーマス・スクエア近くの木の写真を撮った。




キング・ストリートのレインボーシャワーも花が増えてきた。



虹のシャワーがまた見たい。




隣のお寺のマンゴーの実も段々大きくなってきた。





2011年04月28日

マカプウハイキング

今日は常連さんご夫婦とマカプウのハイキングツアーに行って来た。

朝から素晴らしいお天気。

最初にサンディービーチで小休憩。

これからあの丘を目指す。



クジラの季節も過ぎてハイカーの姿は少なかった。

カイヴィの草原も緑から茶色に変わっていくところだったが、犀角(スター・フィッシュ・プラント)が増えていた。



キアヴェの花も多かった。



第一コーナーから「ペレの椅子」を見下ろす。



この時、なんとクジラの汐吹が見れた!

ゴールデンウィークまでいた事も珍しくは無いが、タイミング良く汐を吹いて挨拶をしてくれた。

第二コーナーの「サスペンス劇場」付近は、「LOST」ではファイナルシーズンで灯台のあった場所。

ジャックが呆然と海を見つめている光景が出てくる。




ココヘッド、ココクレーター、ダイアモンドヘッドを並べて見る。



そして東海岸の海が見えてくる。



「クジラの展望台」からはモロカイ島が薄っすらと見えた。




第一展望台に到着すると目の前にラビットアイランドがドーンと現れる。



第二展望台に上がると、フェンスに随分たくさん鍵がぶら下がっていた。



前から二つほどはずっと付いていたが、なんだか増えていて、よく見ると「Eternal Love(永遠の愛)」などと刻まれた物もあり、縁結びの御まじないの様だ。

日本で地方の観光地に行くとこう言うのがあると言うのは知っていたが、ここは日本人は少ない場所なので、アメリカ人でもこんな事をする人がいるのだろうか?

スパム結びのスナックを食べた後、ペンシル・プラントや、



イリマの花などを見ながら下山。



マカプウ・アロエは若干減っていた気がする。



パニニ・サボテンは黄色い花が付いているのが幾つかあった。



今日もとても気持ちの良いハイキングだった。




夜はお客さんたちと「バクナム」にベトナム料理を食べに行った。

店の8割のお客さんが日本人で驚いた。

相変わらず美味しかった。


2011年04月30日

「LOST」ファンツアー・セットの修理開始!

朝は風が少し弱かったが、空はよく晴れた。

マノアのジャングルも比較的乾いていた。



ヘリコニアの花が増えていた。



「パラダイスパーク」に入って、「オーキッドステーション」、「ハイドラステーション」を見て、



「テンプル」まで歩いてくると、なにやら作業をしている人達が見えた。

もしかしてセットの取り壊しか?と思って尋ねてみると、修理をしていると言うことで、よく見ると先日まで下に落ちていたひさし部分が元に戻っていた。



最終的には壊すと言う話だが、他に使っている場所でもないし、アメリカ人LOSTツアーもまだまだお客さんを連れてきている訳だから、ファンの期待に応えて修理をしてくれるのはありがたい。

今後落書きを消して、「シロクマの檻」なども元の状態に戻してくれると嬉しい。

でも本当はこの下にも「テンプル」のセットの一部の「石柱」が隠れているんだけどなぁ。



園内にはアフリカン・チューリップの花がたくさん散っていた。



カラニアナオレ・ハイウェイを走り、ラナイ・ルックアウトから海を見下ろす。



海はとても穏やかだった。

東海岸は少し雲が多かったが、雨の気配は無かった。

ワイマナロのベロウズビーチは人も少なく、海からの風が気持ち良かった。




ワイアホレビーチパークからワイカネ桟橋と真っ赤なカネオヘ湾を見て、



クアロア公園で休憩をしてから北上。

風が上がってきた。

ノースショアは雲が少なかった。

パパイロアビーチは砂が焼けていて、今年一番の過酷度「5」。



人はほとんどいなかったが、ウミガメがたくさん泳いでいた。




ハレイワの「マッキーズ」は今日も空いていた。



食後の休憩時間にノースショア・マーケットプレイスに行くと、顔見知りのガイドがいたが、皆「思った以上にこのゴールデンウィークは忙しい」と言っていた。

ダイアモンドヘッドクラブも来週の予約が急に入ってきていて、大人数での「LOST」ファンツアーが続きそうだ。


モクレイアに向かうと、ビーチパークには大勢のカイトサーファーの姿が見えたが、815便の墜落現場は静だった。



「キャンプ・アードマン」を見学して、ホノルルに戻った。



フリーウェイからチラッと虹が見えた。


家に帰る前、「タイムス」で買い物をしてパーキングに戻ると、太郎のリアウィンドにも虹が写っていた。






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