ハワイ日記2002年1月
1月1日
Hou'oli Makahiki Hou!
新年明けましておめでとうございます。
2001年の世界は何と言っても9月11日の同時多発テロ事件と、その後の戦争につきます。
世界中で何かしらの影響を受けた人は膨大な数に登るのでしょう。
私も勿論大きな被害は受けましたが、ツアー業界にいて以前もLA暴動などを経験していたので、決してパニックにはなりませんでした。
それよりも個人的には、インターネットを通じてツアーのお客さんも増え、上昇気流に乗っている感じです。
日本では小泉首相が誕生して、世の中が少しは変わるのではないかと言う雰囲気が流れました。
今までのいい加減な政治のツケに対処する為に、改革の痛みと言うのもこれは致し方ないような気もします。
そんな中12月には敬宮・愛子さまが誕生され、日本中が明るい話題に沸きました。
ま、色々あった年でした。
で、今年もまた色々な事が起きるのでしょう。
一年間、また楽しく生きる事を努力したいと思います。
今年も皆様よろしくお願いいたします。
さて今日は、昼過ぎまで寝正月を過ごして、夜はKIKUテレビのお正月スペシャル「NHK紅白歌合戦」を見た。
今年は「ドリフターズ」に感激した。
まだ貿易風は戻ってこないが、過ごしやすい夜だった。
1月2日
今年最初の仕事はKTファンツアー。
先日のマカプウ・トレッキングに参加された方を含め、大晦日のカウントダウン・ライブでお会いしていた7名様(4歳の双子ちゃんを含む)で出発。
風はまだ南西から吹いていた。
KTは昨日アラモアナ・ショッピングセンターで日本向けのラジオに生出演していたそうだが、今日のお客さん達も勿論集結していたそうだ。
最初にカイマナに寄り写真撮影。
サンスーシーでは車内から、最新アルバムの「Heaven's Shore」で使われた場所も見ていただいた。
ダイアモンドヘッドの沖には2フィートほどの波が上がっていた。
昨日はこの辺りでクジラが見えたという情報があったので、注意しながら車を走らせるが、残念ながら潮吹きは見れなかった。
サンディービーチはほとんど波は無かったが、それでもしっかり「遊泳禁止」の赤い旗が何本も立っていた。
マカプウから先の東側もとても穏やかだった。
ワイマナロのベロウズビーチの海はエメラルド・グリーンに輝き、私も思わず飛び込みたくなった。
フキラウ・ビーチでは双子ちゃんたちが、アイアンツリーのマツボックリの付いた枝を拾ってはしゃいでいた。
タートルベイ・リゾートホテルまで来ると、ノースの海は澄んだ青色で、波も4フィート以上にあがっていた。
サンセットビーチでは2002年KTカレンダーの撮影でも使われた場所まで海岸を歩く。
砂の目が粗く、足が埋まるので歩き難いが、途中から私もお子さん達を交代で抱きかかえて歩いた。
ワイメアでは多少渋滞があったが、サーファーの数は多くは無かった。
ハレイワ・アリイビーチに到着すると、ジュニアのサーフィンの大会が行われていた。
ビーチの人出は多かったが、パークに人はほとんど無く、今日もモンキーポッドの木の下でプレートランチを食べていただいた。
ハレイワ・タウンに出ると、ちょうどマツモト・シェイブアイスの前に大型バスが止まって長い列が出来ていた為、今日はここを集合場所にして、ノースショア・マーケットプレースから解散した。
集合時間にスタン・マツモトが現れ、KTファンツアーと言う事で、お客さんたちと気軽に写真撮影などに応じてくれた。
昨日のアラモアナにはスタンも行き、ステージに上げられたそうだ。
司会から英語で話しかけられたので英語で答えたと言っていたが、日本人のお客さんはわかったのかなと心配していた。
店の中では今日もプロ・ブギーボーダーの小池葵ちゃんがお手伝いをしていた。
パイナップル畑の中を走っている時にKTから電話があった。
今晩私の家に遊びに来ると言う。
電話を切ってからお客さんにその話をすると、車内は興奮状態に包まれた。
KTは私が今日「KTファンツアー」をしている事は知っているので、ちょっとしたファンサービスで電話をくれたのかもしれない。
帰りのH-1フリーウェイの渋滞は酷くなかったが、予定より1時間ほどオーバーしてツアーを終了した。
家に帰って夕食を取り、寛いでいると、KTがメンバーのGさんとWさんを連れてやってきた。
業界の話と言うより、個人的な趣味の話を聞かせてもらった。
今日のツアー中にお客さんが疑問に思っていたと言う事を聞いてみた。
カウントダウンライブのディナータイムの際に、BGMとしてかかっていた曲はKTが選曲したのか?
凄い事に関心を持つのだなと感心していたのだが、KTの答えは「わからない」と言う事だった・・・。
日本中を旅して、各地で美味しい物を食べていると言うKTやメンバーも、我が家の日本のお酒やお菓子の在庫には驚いていた。
ハレイワのスタンは「明日KTがノースに来る」と言っていたが、KTは明日は東にブギボーに行くらしい。
遅くまで盛り上がった。
1月3日
貿易風がさっぱり吹かず、南風の日が多いので気温が高い。
この雨季2度目の中休みは、お正月にハワイにやってきた観光客にとってはありがたいものだろう。
しかし、長い間気温が高いので、街のあちこちで花が狂い咲きしているのを見かける。
もうすぐシーズンの始まるコーラルツリーは、アラモアナなどで赤い花を付け始めているが、夏の花のはずのロイヤル・ポインシアナも赤く色付いている所がある。
春に咲くゴールドツリーも、黄色い花を付けているのがある。
そして驚いたのは、レインボーシャワーまで所々に赤い花びらをぶら下げているのがあるのだ。
昔ならこんな事には気が付かなかったかもしれないが、年間を通しての花の周期がわかってきたので驚いている。
暖かいのは結構だが、貿易風が戻らないとお天気まで読めない。
さて、今日は友達の大ちゃんとKちゃん夫妻をうちへ招いて食事をした。
1月4日
ノースショアに行った。
最初にハレイワのマツモト家にお邪魔した。
N子さんにローカルの話など聞かせてもらっていると、スタンが帰ってきた。
するとスタンに電話があり、店に行ってしまった。
どうやらKTが店に来ている様なので我々も移動。
KTがメンバーのメグさんとお友達のIさん、同じくお友達のM夫妻を観光案内しているところだった。
皆さんマツモト・シェイブアイスのTシャツをたくさん購入されていた。
しばらく店の前で皆で立ち話をして、KT達は街に帰っていった。
その後私は、モクレイアのY夫妻の家に遊びに行った。
あっちゃんやSちゃんからは、メンテナンスの大変さや音の煩さを散々聞かされた。
それでもサンセットの時間には素晴らしい夕焼けを見る事が出来た。

1月5日
マカプウのトレッキングツアー。
お客さんはこちらの掲示板にも遊びにきてくれる、現在ハワイ留学中の中学校の後輩あっこちゃんと、日本から遊びに来ているご両親。
ワイキキを出るとシャワーがぽつぽつと振ってきたが、島の東の端は晴れている事を祈ってカラニアナオレ・ハイウェイを進む。
土曜日に付きカイヴィの工事はお休みだが、ローカル・ハイカー達の車が路肩に停まっていた。
南からの風にあおられて雨雲が近付き、ざーっと振ってきた。
それでも全員合羽を着て出発。
トレイルに入ると雨はすぐに弱くなった。
マカプウは今、一年で最も緑の多いシーズンで、キアヴェの木に付いた葉だけではなく、道端には名前も知らない小さな花までもが短い季節を謳歌していた。
同じ黄色いTシャツを着た子供中心のグループとすれ違う。
カブ・スカウトのイベントらしい。
頂上に着く頃にはシャワーもすっかりあがったが、今年一番最初のマカプウ岬からはクジラの姿はまだ見つける事が出来なかった。
それでも第一展望台からは、ラビットアイランドにかかった綺麗な虹を見る事が出来た。

家に戻って少し昼寝をして、夕方からマキキに住む友人のチルちゃんの家に遊びに行った。
今年もお雑煮を作ってくれた。
同じマキキでも高台で景色の良いチルちゃんの家からの眺めは最高。
今年は私も引越しをしたい。
1月6日
ラニカイビーチに行った。
しかし天気は昨日までと替わって、雲が厚く垂れ込めていた。
パリ・ハイウェイのトンネルを抜けても、状況は同じだった。
満潮に近くビーチは狭く、日曜と言う事で人も多かったが、とりあえずラグを引いて寛ぐ。
泳ぐ天気ではなかったがシャワーは降っていなかった。
しかし左側のカネオヘ半島が次第に雨に煙ってきた。
トレードが吹いていれば関係ないが、西寄りのこの風ではこちらに来る。
ビーチの主に白人達はあまり気付いていないようだったが、私はさっさと荷物をまとめて車に戻った。
するとザーッと振ってきた。
ワイマナロを抜け、東周りでホノルルに戻る。
予定変更でハワイカイのコスコに行った。
ハワイカイ・ショッピングセンターの「BALE」で「ハウス・スペシャル・ヌードル」と「シェイケン・ビーフ」でランチ。
その後ダウン・トゥー・アースに寄り一度帰宅。
夜は「大亀」で寿司を食べた。
1月7日
朝、ホノルル・エアポートに友人の見送りにいった。
天気は良い。
10月、11月の時は大した混雑は無かったのだが、今日は目を疑うような行列が待っていた。
とりあえずチェックインの為の列に並ぶが、このペースでは絶対に間に合わないと思った時、係りの人が友人の乗る飛行機の便名を呼んで、別の列を作ってくれた。
しかしこの後はセキュリティゲートの列。
これも仕方なく並んだが、ゲートに来た時には既に出発時間で、なんだか寂しいやら疲れるやらで参った。
家に戻って、夕方までずっとPCの前にいた。
溜まったメールの返事などを書いて、夕方からはお客さんと食事に出かけた。
シバ漬と本を頂いてしまった。(Big Mahalo!)
夜にはまた雲が出てきた。
1月8日
クジラ!
今シーズン初めてクジラを見た。
今日はマカプウ岬へのトレッキングだった。
お客さんは東京からのご姉妹で、ともにハワイ暦は6回とか。
レンタカーをしないので普段はあまり遠出をしないらしい。
天気は最高だったが、コナウィンドが吹き蒸し暑かった。
普段最初に休憩する、岩の突き出た場所がある。
岩に登って写真をとることもある。
今日はそこにはカップルが座って何か食べていた。
モロカイ島がよく見えたので、これをバックに写真を撮った。
するとそのカップルから「クジラがいるよ!」と教えてもらった。
見ると懐かしい潮吹きが上がった。
その後も頂上まで、数家族のクジラのグループの潮吹きをカイヴィ海峡に見ることが出来た。
展望台からのマカプウの海の色は青く澄み、光り輝いていた。
海を見下ろしながらのスナックタイムでも、クジラを見る事が出来た。
スパム結びのスナックを食べていると、カージナルが近寄ってきた。
そして凄かったのは帰り道である。
少しトレイルを外れて、マカプウ灯台への専用道路に下りていくと、クジラのジャンプを見ることが出来た。
最初に親クジラがジャンプすると、少し時間差をつけて「どーん」と言う音が聞こえてきた。
その後それを真似て子クジラが2度ジャンプした。
お客さんも私もこれだけで既に興奮状態だったが、その後最初に見た岩のある場所まで来ると、今度は尻尾だけを水上に出して水面にたたきつける行為(名前不明、調べておきます)を数分間にわたって見せてくれた。
他にも5名ほどのローカルがそこに居合わせたが、皆「凄い!ラッキーだ!」と言っていた。
今日はもうこれに尽きる。
いい汗かいて、クジラも見れて、気持ちよかった。
1月9日
トレードウィンドはまだ戻ってこないが、天気は朝から快晴だった。
大阪からのご家族をサークルアイランドツアーにお連れした。
皆さんハワイは初めて。
昨晩はディナークルーズに参加されて、綺麗な夕日を見ることが出来たそうだ。
まずはサンディービーチ。
ショアブレイクのブギボー・ポイント(サンディーズ)はほとんど波が無く、左側の岩の多いサーフ・ポイント(ハーフポイント)に3フィートほどの形の良い波が上がっていた。
マカプウの海の透明度は抜群だった。
波はほとんど無かったが、透き通る水の中で遊ぶローカルたちが羨ましかった。
ベロウズビーチも波は無く、エメラルドブルーに輝いていた。
ラグを引いてグアヴァジュースを飲んで寛いでいただく。
お母さんはククイの実を拾って集めていた。
海外旅行も初めてというお父さんも、とてもリラックスされていた。
スモウ・コネクションでは「有名人に会えた」と喜んでくださった。
普段は雨の多いウィンドワードサイドが、西風のせいでとてもからっとしていた。
やはりこの季節はアフリカン・チューリップが目立つ。
黄色いイリマの花も愛らしい。
クアロア・パークでは多くの韓国人、中国人観光客がいたが日本人は我々だけだった。
プナルウ、ハウウラと穏やかなマリンブルーの海が続いた。
タートルベイを回ると海の様子は一変する。
サンセットビーチでは、10フィート以上の波が上がっていて、出ているサーファーはわずか4名ほどだった。
大きなカメラを構えている人もいたので、有名なプロサーファーかもしれない。
ワイメアの波にはサーファーはいなかった。
ハレイワ・アリイビーチパークでのランチタイムでは、「ハワイに来て一番美味しい物を食べた。」と喜んでくださった。
隣の木の下ではローカルのカップルも仲良くランチを取っていた。
ハレイワタウンでの解散中、キャサリンの忘れ物を出しにハレイワ郵便局に行く。
日本に電話をしてみると、朝の朝礼中だったらしい。
今日のノースは蒸し暑いが、東京は寒いようだ。
ドール・プランテーションでログ・ブックにサインをしていただいた後、H-2フリーウェイで島の南側に出る。
更に気温が上がったようだ。
リクエストでモアナルア・ガーデンに寄って、「この木何の木」を見ていただいた。
駐車場にバード・オブ・パラダイスのオレンジ色の花が咲いていた。
皆さんとても喜んでいただき、また新たなハワイファンが誕生してしまったようだ。
一日中天気は良かった。
1月10日
今日もサークルアイランドツアー。
朝、ワイキキにお客さんを迎えに行く。
少し早かったのでボーッと空を見上げていると、雲が山から海に向かって流れている。
トレードだ!
ホテルのベルマンを捕まえて、「トレードが戻って来たなぁ!」と言うと、「本当だ!昨日までは蒸し暑かったからなぁ」と、なんだか二人で騒いでしまった。
今日のお客さんはダイアモンドヘッドクラブのリピーターのご家族。
お天気も良く、これから昨日とどう様子が違っているのかが楽しみだった。
既にベテランリピーターのお子さんが、「久しぶりに『潮吹き穴』を見たい」と言う事で、ハロナのブロー・ホールに寄る。
しかし波は無く、潮吹きは見られなかった。
サンディービーチも快晴だったが、モロカイ島方面には雲が多く、隣島は見えなかった。
マカプウの海は少しグリーンがかったブルーで、久しぶりに吹き付ける貿易風はとても気持ちが良かった。
ベロウズビーチは我々が一番乗りで、ライフガード以外に人は全くいなかった。
お客さんもリラックスしていた。
貿易風が戻ってきて、多少蒸し暑くなるかと思われたウィンドワード・サイドのドライブも、少しヒンヤリとしてさわやかだった。
クアロア・パークでは、昨日よりもコーラルツリーの赤い花が随分増えていた。
東側の海は今日も概ね穏やかだったが、ノースショアに回り込むと一変して荒々しくなる。
サンセットビーチでは沖に20フィート以上の波が上がっていたが、サーファーはわずかに二人だけで、波に乗れているのは少し手前のポイントからテイクオフしている一人だけで、奥にいるサーファーはボードにつかまり、波の間に見え隠れしているだけだった。
ワイメアのほうが形は良かった。
沖のサーファーよりもショアブレイクのブギーボーダーの方が多かった。
我々はルックアウトからクジラの潮吹きを何度も見れたが、後から来たリムジンのガイドは全く気付いていなかった様だ。
ハレイワ・アリイビーチパークでランチ。
昨日と同じピクニックテーブルだったが、風向きは反対だった。
聞こえるのは波の音だけ。
ノースショア・マーケットプレースに車を停めると、オーシャンズ・イン・グラスの前で店員が入り口のガラスを磨いていた。
ここの店員はいつも女性が二人ほどいるのだが、長続きする者が無く、いっつも違う人。
キースだけが職人として働いているので仲良くなったのだ。
しかしテロ事件以降はお互い仕事が減って会う機会が減っていた。
今年になってまだ一度も彼を見ていなかったので、初顔のその店員に「キースはまだ働いているの?」と聞いてみると、「彼はもう辞めて、メインランドに帰ったわよ。」と言う事だった。
2月か3月くらいから学校に行きたいと言っていたのだが、早まってしまったようだ。
ドール・プランテーションでは、ピラニア君たちにエサを上げようと思っていたのに、エサが売り切れ・・・。
それでも池中のコイがデッキの前に集まって「何かくれ〜」と口を出していた。
ハレイワからワヒアワまでは少し雲があったが、H-2でプランテーション・ロードをくぐって、島の南側が見えてくるとまたすっかり晴れた。
最後は少し渋滞したが、窓から入る風は気持ちが良かった。
夜は久しぶりに大ちゃんの家に行った。
今日のパソコン教室は、メールに添付されたファイルの解凍方法や、検索エンジンのチェックなどをした。
トレードが戻り、カネオヘの海で働く大ちゃんは、寒いと言っていた。
北東からの貿易風は、今が冬だと言う事を感じさせてくれる。
1月11日
朝一番でダウンタウンのお役所に行った。
今日はトレードが弱くなってとても暑い。
陽射しもきつかった。
ダウンタウンの後はラグーン・ドライヴにあるFedexに頼まれ物を取りに行く。
空港のすぐ横のため、相変わらずここでは検問をしているが、免許証をチラッと見られただけだった。
その後家に戻ってペーパー・ワークをしていると、イギリスのケニーから電話があった。
夜はワイキキで新年会。
日本から来ている料理人が腕を振るってくれて、美味しいお好み焼きを食べた。
お開きになって家に戻ると、ノースのあっちゃんがやって来た。
やはりワイキキで飲んでいたそうだが、ノースまで帰るのが面倒だから泊めてくれという事だった。
で、夜中に二人でまた飲み直してしまった。
あっちゃんは今年、ハワイでの仕事を辞めてアメリカ大陸をスカイダイビングをしながら横断したいと言う。
全米各地のスカイダイビング・ポイント(ドロップ・ゾーン)を回りたいのだそうだ。
目標は50州制覇だそうだが、一箇所に1週間でも1年はかかる。
予算的なことを考えると、あちこちでアルバイトをしながらの旅になりそうで、そうなると2〜3年はかかる企画だ。
キャンピングカーを買ってホテルは使わない様にするつもりらしいが、どっちにしろお金はかかる。
でもこの企画、とても面白そうだし、スポンサーが付くのではないかと思う。
と言うより、スポンサーが見つかってくれれば良いなと思う。
実はダイアモンドヘッドクラブにも最近、スポンサーになりたいと言う話が来るようになった。
以前にもいくつかスポンサーはいたが、生活補助の様な物だった。
しかし今後ビジネスを広げていく為には資本がいる。
私の考え方に賛同してくださる方と一緒に仕事が出来れば面白くなると思う。
1月12日
昼間はなんだか二日酔い気味だった。
トレードは吹いているが、弱かった。
夜はナイトドライブツアー。
パールシティーの住宅街も通常の静かさを取り戻し、公園では星がよく見えた。
夜KTと電話で話をした。
スラッキーが今日からハワイにやって来た。
来週は一緒に遊びたい。
1月13日
今日も貿易風は弱く、暑い一日だった。
ペーパーワークを済ませて、夕方ハワイカイへ向かう。
ハワイカイ・ショッピングセンターの「BALE」で3人分のディナーとデザートを買ってKTの部屋にお邪魔した。
ワイマナロでの撮影の仕事を終え、既に盛り上がっているKTとスラッキー。
今日撮ったばかりの写真を見せてもらった。
スラッキーは昨日ハワイに着いたばかりなのに、精力的に動いていたようだ。
KTは正月の仕事の後、メンバーが帰国した後の先週は、部屋の掃除にはまっていたそうだ。
何でもティーンエイジャーの娘さんがKTの留守中に部屋に上がりこんで相当汚していったらしく、お父さんとしても良い躾の機会にはなったようだ。
「BALE」の細麺ヌードルスープとプリンは好評だった。
KTのマックPCやブギボーなどが無造作に置かれている部屋で遅くまで騒いだのだが、今度はKTの部屋の中の写真を写したい。
1月14日
午前中、「太郎」を修理工場に持っていった。
ハワイで、潮風によってボディーについた錆が原因でガラスにヒビが入るのを、ラスト・クラックと言う。
クリスマス前から吹いていた南風の影響かもしれないが、「太郎」もこれにやられてしまった。
ヒビの入ったガラスの交換以外にボディーの錆取りも必要なため、10日ほどかかるそうだ。
カカアコの修理工場のところまで、友達の大ちゃんの奥さんのKちゃんに迎えに来てもらって、家まで戻った。
しばらく足が無くなってしまったのだが、ちょうどツアーも入っていないので、ツアーの仕事には影響は無い。
家で出来る仕事には限りはあるが、オアフ島の日本人ルートから回ってきているビデオや、お客さんに頂いた本もたくさんあるのでのんびり過ごしたい。
まず、会社のホームページを少しいじった。
弱い貿易風が吹き、お天気は良かった。
夕焼けも綺麗だった。
1月15日
ちょっと間があいた過去の部屋シリーズ。
今日は5番目に住んだノースの部屋。
4番目のカピオラニの部屋にいた時に始めたスカイダイビングのカスタマーサービスの仕事は好調で、ワイキキからのお客さんのトランスポーテーションの担当ではなかった私は、現場のノースショアに住む事を決意した。
スカイダイビングの関係者には知り合いも多く、ほとんどがノースに住んでいたので、部屋探しもすぐに決まった。
ハレイワのモクレイア寄りにセメント・シティーと言う場所がある。
海はすぐだが、岩が多くて入るのには向いていない。
アパートが多く、典型的なハワイの田舎からは印象が異なっていたが、静かでのんびりした場所だった。
私が住んだのは4階建てのアパートの一階で、小さな庭がついていた。
ここにはまだ小さかったがバナナの木やゴムの木などがあり、雰囲気は良かった。
ホノルルと違って家賃の割に部屋は広く、一人では寂しいくらいだった。
引越しの時に連れて来たチポリニという猫がその日のうちにどこかに逃げてしまって、随分探したのだが見つからず、諦めていた所へ仕事場の仲間が迷い猫を連れて来た。
まだ小さい子猫だったが、チポリニには悪い事をしてしまったと思っていたし、猫の道具は揃っていたので私が引き取って「トラ」と名付けて飼っていた。
夜になると波や風の音意外にはほとんど何も聞こえないような場所だったので、毎晩のように仕事場の誰かが遊びに来たり、遊びに行ったりして過ごしていた。
静かなのは良いが、ノースはホノルルに比べて湿度が高く、冬場は寒かった。
またワヒアワなどの軍の関係者が多く住んでいた地域だったので、早朝から出勤する人たちの車の音も気にはなった。
しばらくやっていなかったスカイダイビングも始め、仕事も順調だったのだが、結局半年ほどで会社の社長と喧嘩してここを辞めてしまった。
その後は私の人生でもワースト3に入る苦難の時期を迎え、ノースの部屋を引き払った。
この後は家財道具を貸し倉庫に入れ、3ヶ月ほど日本に行く事になった。
1月16日
今日はKTとスラッキーの仕事のお手伝い。
車の無い私はハワイカイから二人に迎えに来てもらって、ノースに向かった。
私の家からはKTの車を私が運転して行った。
今後の素材として写真を撮りたいと言う事で、私がコーディネーターとなってあちこち案内した。
最初はパイナップル畑。

ホノルルの天気は良かったが、ノースも見渡す限り良さそうだった。
ハレイワに出てL&Lドライブインでシュリンプカレー。
その後ワイアルア、モクレイア、ププケアで撮影を続け、夕方サンセットビーチに。

ラニアケア付近では大掛かりな映画の撮影隊の村が出来ていた。
途中エフカイではブギーボードの大会の表彰式をやっていた。
サンセットでは明日から大会が始まるそうだ。
それに出場するサーファーのアーノルドに会った。
アーノルドはKTの友達のビーチハウスの管理をしているのだが、今はそれどころではなく、明日の大会を前にして日没前の10フィートを越える波に入っていった。
先週までの20フィートを超える波について、「あれは良かった」と言っていたが、あのデカサを「良い」と言えるのは凄いと思った。
絵に書いたような綺麗な日没を見ることが出来たのだが、貿易風が強くなってきて、急に気温が下がり、我々は街に戻った。
ケアモクの日本料理屋「KENSEI」でちゃんこ鍋を食べ、その後は私の部屋で飲んだ。
私とKTが5歳、KTとスラッキーも5歳違うので、不思議な3兄弟のようだった。

1月17日
私が過去に住んだ6番目のハワイの家は一軒家だった。
前々回日本に戻った時に広げたコネクションで、お世話になった渋谷のネイル・スクールの校長先生がいて、その業界では世界的に有名なその先生がハワイに研修所を作りたいと言う事で、私がその住み込みの管理人になったのだ。
アラモアナの北にあるその家は地上2階地下1階の4ベッドルーム。
バスルームも3つあった。
私は地下に部屋をもらっていたが、私以外の人がいる事はほとんど無く、大きな家を一人で使っていた。
結局ここは計画が流れ、わずか半年間の生活だった。
今日は少し上がってきた貿易風が冷たい。
1月18日
シャワーが多く、風も強く、でも急に晴れたり、寒かったり蒸し暑かったりの一日だった。
友人のチルちゃんに頼まれて引越しのお手伝いをした。
引っ越すのはチルちゃんの噂の彼氏で、マウイのケニー。
ケンタッキーの出身だと言うが、19歳のときにハワイに来て20年になるらしい。
この度は7年ほど住んだマウイの家を売って、オアフに戻ってきた様だ。
車が無いのでチルちゃんに家まで迎えに来てもらって、最初に行ったのはホノルル・ハーバーのピア40。
ここでケニーとご挨拶して早速仕事を始めた。
離島間の引越しはコンテナを船で運ぶ事になるので、まずはコンテナからケニーが借りてきたトラックに荷物を入れて、ワイキキのコンドまで移動。
ワイキキの一番はずれにあるケニーのコンドは1ベッドルームだが、ダイアモンドヘッドやワイキキシェルが見下ろせるなかなか静かな場所だった。
一部の荷物をチルの家に置いておくと言うので、トラックを回してマキキに移動して任務完了。
この間チルちゃんは全く何もせず、ケニーも私も苦笑してるしかなかった。
さすが女王様・・・。
ケニーにトラックで私の家まで送ってもらって、シャワーを浴びて寛いでいるとKTとスラッキーから電話がかかってきた。
車が無いので家で一人で寂しくしてるんじゃないかと思って、とやさしい言葉をかけてくれ、一緒に食事に行く事にした。
そこで前にスラッキーとKTが一緒に発見したと言う沖縄料理屋に連れて行ってもらった。
ところが私の家からもすぐ近くだったのでびっくり。
私は10代の頃に一度行ったきりだが、KTもスラッキーも沖縄には詳しいようで、美味しい物を教えてもらった。
泡盛が少し回ってきた頃、私の部屋に移動。
スラッキーが古いロックが聞きたいと言うので、CDの在庫を引っ張り出して70’sまではたどり着いた。
ヘイ珍楼の杏仁豆腐を出したらバカ受けした。
KTは「KTファンツアー」の資料とカラーサインペンを渡したら、またいろいろ描いてくれた。
スラッキーも面白がっていじってくれた。
さすがアーチストとデザイナー。
これは既にファンツアーに参加してくださった方も、また見たくなってしまうのではないだろうか。
進化するツアー。
それにしてもこの数日はKTファンのアクセスが急に増え、ログのグラフの縮尺が変わってしまったほどだ。
KTもこの数年は忙しくなったと言っていたが、ファンも増えているのだろう。
友人としては更に頑張ってほしいと思う。
しかし飲んでる時は兄弟。
三兄弟の夜は更けていった。
1月19日
先日マカプウ岬のトレッキングに行った際、クジラが見せてくれたアクションの意味がわかった。
クジラに詳しい友人(Makiちゃん Big Mahalo!)が教えてくれたのだが、テール・スラッピングと言うらしい。
以下はその抜粋。
★テールスラッピング(Tail-slapping)
尾鰭で水面を叩く行動で、ペダンクルスラップとも言います。
クジラたちは尾鰭の上下の動きで前へ進んでいるのですから、彼らの尾鰭の力も相当のものです。
自分の身を守るために行なう、あるいは雌がしつこい雄を追い払う時などに行なうと言われています。
と言う事だ。
遊んでいるようにも見えたが、しつこい男がいたのだろうか?
ちなみに潮吹きはブローと言って、
★ブロー(Blow)
ブローというのは潮吹きのことです。
しかし、白く見えるのは潮を吹いているのではなく、私たちの息が寒い日に白く見えるのと同じで、クジラたちの息が白く見えているのです。
彼らは人間よりも肺を有効に使って呼吸をするので、ブホォォと大きな音がします。
また、彼らの息はなんとも生臭い匂いがします。
クジラフリークにとってこの匂いを感じることは、ひとつの感動です。
いわゆるジャンプは、ブリーチングと言う。
★ブリーチング(Breaching)
体の2/3を水面上に持ち上げ、次の瞬間水面に叩き付けます。
着水する前に体をひねることもあります。イルカたちのかわいらしいものから、ザトウクジラなどの豪快なものまで様々です。
あまり天気の良くない日に多く見られることから、周囲を確認しているとも言われていますが、確かなことは不明で、雌へのアピールや水飛沫の音を利用したコミュニケーション、餌を集める方法、寄生虫を落としているなどの解釈が挙げられています。
他に私が見た事があるのは、頭だけぬっと水面に出すスパイ・ホッピングと、胸鰭で水面をたたくペック・スラッピング。
★スパイホッピング(Spy-hopping)
ほぼ垂直に体を水面上に出し、再び水面下に沈みます。
ブリーチングなどに比べて静かで穏やかな行動です。
辺りを見回しているとか、人間を観察しているのではないかと言われています。
スパイのように静かに様子を伺うことからこの名が付きました。
★ペックスラッピング(Pec-slapping)
体を横向きにしたり仰向けになりながら、胸鰭で水面を叩くことで、フリッパースラッピングとも呼ばれます。
特に、他のクジラに比べて非常に胸鰭の長いザトウクジラによく見られます。
ザトウクジラは、水面を叩く前に片方あるいは両方の胸鰭を水面上に出してヒラヒラと揺らします。
これほどの長さのものが勢いよく水面を打つのですから、ものすごい音がします。
私がまだ見た事が無いのがバウ・ライディング。
★バウライディング(Bow-riding)
クジラやイルカがボートの舳先にできる波に乗って伴走すること。
波の力を利用して泳ぐのですが、遊びのひとつだと考えられています。
耳を澄ますと彼らの鳴き声が聞こえることもあります。
イルカたちが波乗りを好むことはよく知られており、浜に押し寄せる波に乗っては沖へ引き返すという行動を繰り返すこともあります。
今年はシーズン中に後何回クジラと会えるだろうか。
今日は貿易風が更に上がり、シャワーやスコールも多く、時々陽は差すものの寒い一日だった。
1月20日
今日もとても寒かった。
久しぶりに家の中で靴下を履いていた。
貿易風も強く、時よりシャワーが窓にたたきつけられる。
雲は多いのだが、白い為に空は明るい。
冬場はバスタブにお湯を張って風呂に入る事が多くなる。
アメリカにも入浴剤はあるが、これも日本製の方が優れている。
と言うより、温泉の雰囲気を出すなんて事はアメリカ人にはわからないだろう。
今日は「薬泉めぐりシリーズ・山形銀山の湯」。
これも日本の方から頂いたものだが、ハワイの人(海外在住日本人)に入浴剤(温泉の素)が喜ばれるなんて言う事を知っているのは結構な事情通。
アメリカのバスタブは浅いので私にとってはいつも半身浴なのだが、それでも風呂上りのビールは最高。
1月21日
最近ツアーが少なく、KTファンばかりが喜ぶような内容が多いのだが、今日もKT。
電話がかかってきたのはお昼。
私は家で仕事をしていたが、片付けをしてタイムスへの買い物から戻るとすぐ、チンタオとコロナを持ってKTがやってきた。
昨日の朝スラッキーが日本に帰り、さすがに昨日は一日酒を抜いたと言うKTだが、今日は2時半から乾杯となった。
とにかくいろいろな話をした。
アーチストとして、男としてのその話はとても興味深かった。
途中からは、先日ノースの日本人ルートから回ってきたビデオを一緒に見た。
先日回ってきたビデオだが内容は昨年の夏頃の物で、KTも初めて見たというバラエティ番組を二人してお腹を抱えながら笑った。
KTは子供のシーンが出てくると、「かわいいなぁ」と言って、お父さんになっていた。
二人とも他に用事が無いので、そのままだらだらと過ごし、夕食は私が麻婆豆腐を作った。
その後「越乃寒梅」も二人で空け、デザートもいろいろ食べて、引き続きあーしたこーしたと駄弁りながら夜は更け、KTがハワイカイへ帰って行ったのは12時半だった。
風も収まり暖かくなった一日だった。
1月22日
二日酔い気味だが、このサイトの「Photos」が見れないという苦情がいくつか来たので調べてみると、どうもアカウントが無くなってしまっている。
最近リニューアルしたので、その際に外れてしまったようだ。
テキスト・ファイルのバックアップは整理してあったが、写真はバラバラのフォルダに入っていたので、これを探してリサイズして、少しずつアップロードしていった。
もうすぐ100件になる写真だが、一つの写真に付き2つのテキスト・ファイルを使っているので、およそ300のファイルをいじった。
似たような写真はどちらをアップしていたのかわからなくなっていたり、どこに仕舞ったのかわからなくなっていた物もあり、作業は難航した。
風が無くなり今日はまた少し蒸し暑かった。
夜は激しいシャワーが降った。
1月23日
木曜に仕上がると言っていた「太郎」の修理が少し早く完了した。
木曜が金曜になり、結局来週になるかもしれないかなと思っていただけに、嬉しい誤算。
再び大ちゃんの奥さんのKちゃんにカカアコまで送ってもらって、「太郎」をピックアップ。
すっかり綺麗になって気持ちが良い。
カパフルの私書箱を見に行くと、スペースに一杯のメールが来ていた。
モンサラットのガス・ステーションにセーフティーチェックを受けに行く。
続いてユニヴァーシティーのジェフィー・ルーブにオイルチェンジをしてもらいに行く。
今日一日で「太郎」の為にかなりの出費。
お正月に稼いだお金は皆飛んだ。
三歩進んで二歩下がる。
家に戻るとハワイに遊びに来ている従兄妹から電話があった。
昨日まではマウイにいたのだが、今日からオアフに入ったらしい。
夜はワイキキで飲み会があり、ハワイ在住の仲間や日本から遊びに来ている友達などを交えて盛り上がった。
途中から従兄妹も友達を連れてやってきた。
風が無く蒸し暑い夜だった。
1月24日
今日は朝からダウンタウンに行ったり買い物をしたりしていた。
今日も天気は良く、風は弱く暑かった。
今日の夕食はどうしようかなと考えている所にKTから電話。
ワイキキに用事があるのでその後一緒に飯を食おう、と言うので家で待機していると、マッカリー・ショッピングセンターでロコフードをトゥー・ゴーしてKTが現れた。
コロナとチンタオもタイムスで買ってきて、早速酒盛りが始まった。
なんだか最近しょっちゅうKTと連るんでいるが、お互いが全然違う世界で仕事をしているので、お互いに話が新鮮で、飽きないのである。
私の知り合いにも変わった人は多いが、KTの知っている人の話を聞くと凄い。
曲を作る時に使うコンピュータ・ソフトの使い方で、どうも微調整が出来ない部分があるそうで、真剣に悩んでいたりする半面、他の多くの事については思いっきり楽観的だったりする。
アーチストっぽい所だと思うのだが、AB型だからだろうか?
普段は飲まないと言うブランデーを出してあげたら、嵌まるかもしれないと言っていた。
結構遅くまで飲んでました。
1月25日
高い雲が広がり、太陽がなかなか顔を出さなかった。
寒いと言うほどではないが、すっきりしない天気。
夕方、乗馬のツアーの仕事をしているノリちゃんと、書類の受け渡しなどの為にアラモアナ・パークで会った。
半年ほどはコレア牧場に行っていないが、昨秋からの観光業不振に馬の半分ほどを売ってしまったらしい。
ノリちゃんも、乗馬が儲からなくなったのでこれからはサークルアイランドなどに力を入れると言う。
アラモアナ公園ではコーラルツリーの花が見事に赤く咲き揃っていた。
ビーチはさすがにガラガラだった。
1月26日
今日も高い雲がハワイ諸島を覆っている。
午後からノースのY夫妻のところに行った。
今、ハラヴァのアフリカン・チューリップが満開で、目を引く。
H-2に入るとシャワーが降り出した。
仕事の用事もあったのだが、日本人スカイダイバーが三名遊びに来ていて、スカイダイブのビデオなど見ながら飲み始めてしまった。
沖の波は4フィートほどだが、貿易風が強くなってきて、シャワーと波のしぶきが窓にかかる。
低い雲も出てきてどんよりとしたまま暗くなった。
ワイキキからレンタカーで来ていた二人が先に帰り、私は酒が抜けるまでもう少しいる事にしたのだが、シャワーはスコールに近くなってきた。
待っても小降りになる様子が無いので9時過ぎにモクレイアを出た。
予想通り土砂降りの中の真っ暗なパイナップル畑は怖かった。
ダウンタウンを過ぎるとシャワーはほとんど止んだが、しばらくは高い雲のある日が続くそうで、貿易風も強くなって来るようだ。
確かにまだ雨季の中なので、来週はまた少し寒くなるのかもしれない。
1月27日
昨晩、日記を書いてテレビでサタデー・ナイト・ライブ(SNL)を見た後、夜中に日本に電話をした。
実は小学校のミニ同窓会が開かれていたのだ。
恩師も含めて8人ほどだったが、すっかり盛り上がっていた。
皆4年以上会っていないのだが、私の近況はすっかりバレていた。
「ハワイ日記」読者のイギリスのケニーが仕事で日本に戻っていて、一緒に騒いでいたが、他にも私の日記を読んでいる人がいるようで、すっかり酒の肴にされていた様だ。
一通り皆と話したが、今年私が日本に帰省する計画をしている事も知っていて、その時に合わせて同窓会を開いてくれると言ってくれたのは嬉しかった。
さて、今日は予想を裏切り高い雲が切れて、日中は陽も差した。
先週は随分飲んだので、少しお酒は休もうかとも思っていたが、今日もビールを持ってKTの家に遊びに行ってしまった。
曲作りはしているのだが、まだアイディアを出す段階だそうで、今日はもう終わったと言って、また面白い話を色々聞かせてもらった。
仕事場のコンピュータも見せてもらった。
昔と比べて仕事の効率は遥かに上がったと言っていた。
この前私の部屋で飲んだブランデーをきっかけに、ちょっと甘めのお酒に興味を持ったというKTが、メイヤース(ラム)の10年ものを買ってきたと言うので、夜中からボブ・マーリーのビデオを見ながらジャマイカン気分で深酒してしまった。
結局私はKT宅でクラッシュしてしまったのだが、しっかり写真は撮って来ました。
題してハワイの友人の部屋シリーズ。



1月28日
KTの部屋でかなり遅いモーニング・コーヒーをご馳走になって、昼過ぎに家に戻った。
再び高い雲が張り出して薄ら寒い日だった。
2月のツアー予約が入ってきている。
ハワイに来て7番目に住んだのはアッパー・マキキのコンドミニアムだった。
ここは売りに出ていた物件だったので、売れてしまうまでと言う期間限定で、家賃は相場の半分だったのだ。
ダイニングの窓からダイアモンドヘッドが見え、夜景も素晴らしい部屋だった。
前の持ち主が壁などを綺麗に改装していて、とても気に入っていた。
不動産の売れ行きから言って、しばらくは売れないだろうと言う予想だったのだが、結局ここも半年ほどで売れてしまってまた引越しする事になった。
この頃にはすっかり引っ越し貧乏で、やれやれと言う感じだった。
1月29日
今日も雲が多く、少し肌寒い。
ダウンタウンで何件か用事を済ませて、午後は電話ばかりしていた。
KTとも話したのだが、サンセットビーチのビーチハウスのオーナーでKTの友達のプロ・サーファー、Toshiyaさんがハワイにやってくるそうだ。
昨年奥様を病気で亡くされ、とても落ち込まれていた様だが、久しぶりにハワイの冬の海で波に乗るのだ。
実はハワイのサーファー達が呼んだらしい。
ハワイの海が少しでも心の傷を癒してくれる事を祈る。
1月30日
高い雲が大分切れて、風も収まり暖かな一日だった。
午前中にアラモアナの会計事務所に行ったり、ダウンタウンの税務署に行ったりして、帰りにカピオラニのスーパーカットに行っていつものクウィニーに髪の毛を切ってもらった。
帰ってきてからシャワーを浴びて、パソコンに向き合った。
私にとっては友人の一人だが、さすがに有名人で、最近KTの話題を出すとこのサイトへのアクセスがいきなり増える。
肖像権があるのでちゃんと毎度断ってはいるが、写真へのアクセスも凄い。
ここは基本的にはハワイ系のサイトなので、KTファンの為ばっかりに偏ってはいられないが、裏オリジナルツアーとして「KTファンツアー」と言うのをやっているので、「ハワイのKT」と言う感じで今までいくつかの写真を「Photos」に掲載してきた。
しかし「ハワイの友人の部屋」と言うだけであれだけアクセスが増えるのはとても面白いと思い、「ハワイ・カテゴリー」にはちょっと入りきらない写真をアップロードするところを探していた。
しかし、結局、「ハワイ在住のアーティスト」と言う事で、私のサイトにページを増やした。
KTには興味が無いと言う方には全く面白くないページかもしれないが、ここは特にKTファンに「ハワイのKT」を感じていただけたら幸いです。
1月31日
貿易風が安定しない。
肌寒いほどの強い風が吹いたたかと思うと、しばらくは椰子の木も揺れなくなる。
昨日のような晴れ間は少なく、一日だけ暖かくなった様だ。
ダウンタウンの役所に行って、アラモアナのシアーズに行って、キンコスに行って、後は一人でデスク・ワークをしていた。
KTは日本に行ってしまう。
二人で飲めるのも今のうちかなと思って、また遊びに行ってしまった。
キング・ストリートの「山源」に寄って、えび天丼をトゥー・ゴーした。
久しぶりに「山源」に行ったのだが、中からオヤジさんが声をかけてくれた。
帰り際にお客さんが一人出てきて、「JUNさん!」と呼ばれた。
日本人留学生のジンジャーだった。
彼女もすっかりご無沙汰だったが、元気そうで何より。
6時過ぎのカラニアナオレ・ハイウェイは帰りのラッシュで混んでいたが、先日からオアフ島には多くの「スピード違反取締り装置」が設置され、パトカーに捕まらなくても赤外線写真の証拠とともに違反切符が勝手に送られてくるシステムが出来上がった為、フリーウェイ、ハイウェイはどこもかなりスピードダウンした。
お腹を空かせたKTのところに到着すると、なんと「山源」の名前は知っているが、えび天丼を食べた事が無いと言う。
かなり気に入ってくれた様なので、今度はリクエストされるかもしれない。
さて今日も、眞紀子さん更迭から娘さんの学園祭の話まで、色々聞かせてもらったが、家のランドリールームにある洗濯機が古くて、ちょっとバランスが悪いと凄い音がして、あわてて直しに行ったりするのが面白いと言う事だった。
仕事の方も順調なようで、まだ歌詞の付いていない、出来立ての曲のデモテープを聞かせてもらった。
そしてこれがもの凄く良かった。
KTは、商品となっていくこれからの物より、出来立ての今の時点の方が、曲に対する思い入れは強いのだそうだ。
でも、私としてはこれにどんな歌詞が付いて、どのようになっていくのかもとても楽しみ。
また写真もとってきてしまった。
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